食医食37年のあゆみ 7

2016年07月21日

(食医食37年のあゆみの続きです)
もう12年も前になりますが、スタッフ全員で一週間泊まり込みで「赤坂キッチンスタジオ構想」を練りました。最高に楽しい思い出になっています。

合宿場所は群馬県~ピカピカ赤城山の麓に100名収容施設をお借りする事ができ、食医学 食研修センターとして看板も上げることが実現しました。スタッフ10数名で車を乗り合わせて向かい、初期の頃は全員でペンキを塗ったり机やイスを作ったり図書室を作ったり、学校の校舎のような空間で色々な活動ができました。私は執筆の時期でもありましたので、よく通ったものです。将来、宿泊つきの「食医食体験学習施設」をつくる予定ですので、この時の経験は最大限に活かすつもりです。特に周りが田畑なので自給自足の研修、料理教室、健康イベントも企画でき、都会ではできない新プログラムがたくさん生まれました。この流れで赤坂駅から3分の場所に「食医食キッチンスタジオ」がオープンしました。








 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 08:44 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食37年のあゆみ 6

2016年07月19日

東京23区で食医食活動モデルを作ろうとしています。
中でも足立区では10年前から梅島を中心に「食医食セミナーと料理教室」を続けてきました。

梅田学習センターに毎月第2日曜日に通いました。幼児教育も兼ねて、幼児も参加可能なファミリー参加型とさせていただきました。今現在の、一般社団法人日本食医食協会の幹部はこの時期に出会った人達です。よく、危ないから子供は料理教室に入室禁止という教室もありますが、食医食の考えとしては、「家庭のキッチン」と同じように子供達も一緒に過ごすことをモットーにしています。

世田谷も15年間で食医食の基盤ができました。このモデル地区を最大限に活かして東京都民の国民医療費削減運動の一貫として他の地区にも食医食理念を推奨していきたいと考えています。



 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 18:18 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食37年のあゆみ 5

2016年07月18日

(食医食37年のあゆみの続きです)
永谷園との出会いは、永谷宗次会長が「昭和元年の会」という「昭和元年に生まれた各界トップの会」をお持ちで、そこの事務局より「健康講話」依頼が入りました。

初めは永谷園のお茶漬けやお吸い物など添加物が気になる企業のひとつでしたが「味ひとすじ永谷園」から「味と健康ひとすじ永谷園」に生まれ変わるプロジェクトも進んでいるとお聞きして、引き受けた次第でした。食医食理念をお話をしましたところ、新しく立ち上げる子会社(サンフレックス永谷園~ピカピカ有機野菜や無添加食材での商品開発やレストラン展開)の顧問契約が即日決まりました。

自然式レストランのメニューに食医食レシピを260品提供させていただき、今でも羽田空港や横浜ラウンドタワー内でご試食いただけます。永谷園のレストランで「食医食料理教室」もスタートし、オリジナルクッキー「ごまっぴクッキー」も店頭で販売、レストランでも使っていただき共同事業が急ピッチで進んでいきました。
これこらの企業はやはり、「美味しくて売れる食品」ではなく「美味しくて身体に良くて売れる食品」を開発すべきだと切に願っていますスマイル



 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 12:00 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食37年のあゆみ 4

2016年07月17日

(食医食37年のあゆみの続きです)
2000年に入った頃より、顧問先が15社ほどになり事務局も神田、麻布十番、二子玉川、新宿と増えていきました。
特に明治乳業販売会社の顧問先では「健康サロン」を神戸につくるプロジェクトがはじまり、有馬温泉に料理教室とショップができました。毎週、新幹線で「新神戸」まで通勤したことが懐かしく思われます。

このプロジェクトで、食医食新企画が実現しました。
それは、念願でした「食医食これで大丈夫❗弁当」という食医食理念の「9品目プラス海藻」を全部「日替わり」で詰め合わせるオリジナル弁当の発売でした。
サロンから10分くらいの国道沿いに「弁当製造ショップ」もできました。大阪の顧問先にも高速道路を使い、毎日、納品して「企業単位での食医食体質改善指導」を実践させていただきました。

この流れにより東京で「永谷園本社」に関わる仕事となっていきました。続きますスマイル






 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 10:42 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食37年のあゆみ3

2016年07月15日

(食医食37年のあゆみの続きです)
料理教室以外に「健康サロン」を開設したのが平成8年(1996年)の春でした。テレビ宮崎のおかげで九州内にも料理教室が広がり、学生時代に4年間住んでいた東京では「お母さんと予防医学の会」の顧問にもなりました。20年前なのにすでに「予防医学」と「予防料理」の関連性を医師の先生方と語り合っていました。医師会の先生方のおかげで「東京、名古屋、大阪、岡山、福岡、宮崎」と拠点が増えた時期でした。

食医食の基本は「理念と実践」ですので「理念はセミナー」「実践は料理教室」とセットにしてイベントに意識して出ていったのもこの時期でした。「料理教室、カウンセリングルーム、購買部」と三本柱を設備の中心として仕組みを築いていきました。




 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 09:00 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食37年のあゆみ2

2016年07月11日

宮崎県延岡市の郷里に、平成2年4月に念願の健康料理学院が建ちました。1階が「とれたて朝市」や「手作り健康料理」「健康おやつ」の販売用スペースとなり、普段は駐車場として使っていました。2階は受付と購買部・スタッフルームで、3階に料理教室とカウンセリングルームと院長室を作りました。

毎日「食医食これで大丈夫弁当」や「手ごねパン」「健康スイーツ」「オリジナル和菓子」などを300個限定で販売していました。そのうち、テレビ宮崎より、「奥様情報番組ぱんぷきん倶楽部」の料理枠のレギュラーをいただき、上京する年まで6年半、クッキング&トーク番組、イベント会場での生放送、もちろん学院からの放送も中継車で収録に来ていただいたりと、本当にお世話になりました。

「奥様情報番組」という朝10時45分からの30分番組でしたので、主婦の方々が「ちょっとひと息」つける時間帯ということもあり、とても高評価をいただけました。このあとは、新しい学院をテレビ局の近くに、宮崎神宮前学院と巨人軍のキャンプ地で有名な宮崎運動公園近くに健康サロンを開設する流れとなりました。







 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 13:57 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食37年のあゆみ1

2016年07月10日

20歳の時の写真をきっかけに、「食医食37年」の歴史をしばらく振り返ってみたいと思います。昭和60年くらいから、毎月1回、地元ホテルで「健康講演会」を始めました。250名くらいの受講生でファミリー参加が多かった事を思い出します。

この時期はスタッフが20名ほどになっていました。ちょうど、作家の司馬遼太郎先生や五木寛之先生、橋田壽賀子先生、佐藤愛子先生などに出会った時期です。先生方とは文化講演会などで交流を持たせていただきました。


 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 13:19 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ

食医食の原点

2016年07月09日

昨日は20歳の頃の写真をアップしましたが、それから2年後の22才で、今の食医食の原点「健康料理教室」をスタートさせました。
初めはマンションの一室から「7名」の生徒さんで、右も左もわからないまま始めました。

募集広告や新聞各紙などワクワクしなが受講生を募ったことを覚えています。当時、入会金は5,000円、月謝が4,500円の時代でした。結果はひとけた、7名の入会申込みでした。私はもともと性格がプラス思考ですので、「たった7名しかいないのか~ガーン」とは思わず、「7名もきた~拍手ラッキーセブンだ音符将来が楽しみだニコニコ」という感じでした。きっとこの思考が、この開設37年を支えてきている気がしています。「しか」と「も」の違いは大きく流れを変えます。

「健康という結果を出してくれる料理教室ができた❗」と口コミで広がり1年後には100名、3年後には500名の料理教室となりました。この写真は当時の「親子クッキング教室」と「栄養士さんへの料理教室」風景です。この時の子供さん達が大人になり家庭を持って子育てをしているのかと思うと月日の流れを感じます。



 

Posted by 神崎夢風(かんざきむふう) at 13:52 | Comments(0) | 食医食37年のあゆみ